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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)60号 判決 1992年12月21日

原告

帝人株式会社

右代表者代表取締役

板垣宏

右訴訟代理人弁護士

久保田穰

増井和夫

被告

特許庁長官

麻生渡

右指定代理人

小磯武男

外四名

主文

一  被告が平成二年二月二六日付けでした、昭和六三年特許願第一九三四八七号に関する平成元年一一月九日付け特許出願人名義変更届の不受理処分及び被告が平成四年一月二八日付けでした右不受理処分に対する原告の異議申立てについての決定を取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨

二  被告

(本案前の答弁)

1 本件訴えをいずれも却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案の答弁)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  請求原因及び本案前の主張に対する原告の主張

一  原告は、昭和六三年八月四日、昭和六三年特許願第一九三四八七号の特許出願(「甲出願」、発明の名称、ポリエステル組成物)をしたが、平成元年三月二九日、右出願に係る発明についての特許を受ける権利の二分の一を訴外第一工業製薬株式会社(第一工業)に譲渡し、同年一一月九日、原告と第一工業は連名で、いずれも弁理士前田純博を代理人として、特許出願人名義変更届(本件名義変更届)を被告に提出した。

ところが、被告は、平成二年二月二六日付けで、補正命令を出すこともなく、「譲渡証書の譲渡人の住所が相違する。行政区画による表示変更であるならば『平年日〜表示変更』と記載すること。」という理由を付して、本件名義変更届の不受理処分(本件不受理処分)をし、平成二年三月一三日、原告の代理人である前田純博宛てに通知した。

二  本件名義変更届に添付された譲渡証書には、譲渡人である原告の住所が、「大阪府大阪市中央区南本町一丁目六番七号」と記載されていた。

この住所は、右特許出願の際に記載された出願人の住所の表示(大阪府大阪市東区南本町一丁目一一番地)とは違うが、これは出願後住居表示の変更があったためであり、譲渡証書の作成日付けである平成元年三月二九日においては譲渡人である原告の正しい住所の表示であった。

三  原告は、本件不受理処分に対し、平成二年五月一〇日付けで、行政不服審査法による異議申立てを行った。これに対し被告は、平成四年一月二八日付けで、原告及び第一工業が、平成二年三月一五日付けで第一工業を承継人とし原告を譲渡人とする特許出願人名義変更届を提出し、これが受理されて本件出願人名義変更届の目的は達せられているから、本件異議申立ては、申立ての利益を欠き不適法であるとして、これを却下する旨の決定をし、同決定謄本は平成四年一月二九日原告に送達された。

四  不受理処分の取消理由

出願人名義変更届に添付される譲渡証書は特許を受ける権利の承継があったことを証明するための文書であり、出願人の名称が表示され、その正当な代表者名をもって権利譲渡の事実を証明している以上、証明文書として十分である。まして本件においては住居の表示も客観的には正しいのであり、原出願の際の住所の表示と一致しているかどうかは問題にすべきではない。また、原出願の願書に記載された、出願人の住所と異なる理由についても、名義変更届自体に、住居表示の変更の結果であることが記載されていたから、被告には明らかであったものであり、被告においてなお疑問を持つなら、届出人に住居表示変更のあったことを証明する書類を提出するよう指示するのであれば格別、直ちに不受理処分とすべき理由はない。

本件不受理処分は誤りであるから、その取消しを求める。

五  異議申立てに対する決定の取消理由

被告は前記三のように、本件不受理処分後原告と第一工業が特許出願人名義変更届を再提出し、受理されたことを理由に、本件異議申立ては申立ての利益を欠くとして、異議申立てを却下している。しかし、原告と第一工業は、平成元年一二月一二日付けで、共同出願人として平成元年特許願第三二〇五九九号の特許出願(乙出願、発明の名称、ポリエステル組成物及び繊維)をしており、乙出願は、甲出願の広い発明に含まれる特定の発明を対象とするもので、乙出願の出願時にその出願人と甲出願の出願人とが同一の者でない場合、特許法二九条の二の規定により、甲出願が乙出願の拒絶理由となる可能性がある。

即ち、乙出願の願書に添付された明細書の特許請求の範囲第1項は、別紙記載のとおりであって、乙出願に係る発明は、通常の芳香族ポリエステル(繊維として常用されている)に水不溶性のポリオキシエチレン系ポリエーテルを混合してポリエステルの改良をした発明であり、混合するポリオキシエチレン系ポリエーテルの構造を細かく特定した点を特徴とするものである。

甲出願に係る発明もまた芳香族ポリエステルの改良に関するもので、ポリオキシエチレングリコール系化合物を混合する。甲出願に係る発明で使用されるポリオキシエチレングリコール系化合物の一般的構造はポリオキシエチレン系ポリエーテルを包含する。

甲出願におけるポリオキシエチレングリコール系化合物の記載は極めて広い範囲に及ぶので、乙出願のポリオキシエチレン系ポリエーテルと少なくとも形式上は部分的に重複する。したがって、乙出願に係る発明は甲出願に係る発明に対し選択発明の要件を充足するか等の問題を生ずることになる。

そこで、特許法二九条の二の規定による乙出願の拒絶の可能性、乙出願につき特許出願が登録された後における同規定を理由とする無効審判請求の可能性を排除するためには、本件不受理処分の対象となった本件名義変更届の効力が認められなければならない。

したがって、名義変更届の再提出があり、それが受け付けられているからといって、原不受理処分を争う利益が失われたということはないから、異議申立てに対する被告の決定は誤りである。

よって、右決定の取消しを求める。

六  本案前の主張に対する原告の主張

1  原告適格について

(一) 本件不受理処分は、原告に対し行われたものである。そのことは、不受理処分通知書によれば明らかである。すなわち同文書によれば、「特許出願人、代理人前田純博殿」との記載があるが、これは「特許出願人代理人」という趣旨であり、同文書は、特許出願人代理人としての前田純博宛てに送達されたものである。

もし被告が双方の代理人としての前田に宛てるつもりであったならば、「承継人及び譲渡人代理人」又は「特許出願人及び承継人代理人」と記載すべきものである。

したがって、原告は本件不受理処分の名宛人であり否定的処分を受けた当人に、その処分の取消しを求める利益がないはずがない。

(二) 原告は、本件発明についての特許を受ける権利の譲渡人として、譲受人において出願手続きを遂行できるようにする義務を負っている。そして、特許法に定められた手続きによりその義務の実現を求めることは、特許庁に対する国民の権利である。したがって、被告がこれを拒み、その理由が不当であると信ずるときは、訴訟によりその行為を是正することは譲渡人の法律上の利益である。

また、特許を受ける権利の譲渡の当事者は、届出をすればいつでも譲渡に効力が生じることを前提として契約をするのであるから、特許庁長官が届出を受理しないことは当事者の契約に効力を生じさせることを拒絶する行為である。契約の当事者にとって契約の効力が発生することはそれ自体法律上の利益を意味する。

一般に権利の譲渡には対価を伴うのであり、特許を受ける権利の譲渡の効力を生じないときは、譲渡人にとっても予定していた時期に対価を得られないという不利益があるし、特許を受ける権利の譲渡が発効せず、出願手続きを譲受人に任せられないときは、譲渡人において引き続き出願手続きを遂行しなければならず、その労力と費用が必要となる。

(三) 更に、本件のように特許出願の共有が問題になる場合、共有者間で共同研究が行われており、研究の成果について複数の特許出願が行われることが多い。そのようなとき、関連出願について特許法二九条の二の適用を避けるため、共有名義の効力発生を正確に行う必要がある。共有名義の効力発生は、譲受人のみの利益ではなく、共有者に共通の利害関係を生じる問題である。しかも本件においては、現実に甲出願と乙出願の間に特許法二九条の二が適用される可能性があるという不利益を生じている。

(四) 本件において原告は、第一工業に対し、本件甲出願について特許を受ける権利の持分譲渡を約しており、かつ乙出願を共同で行った。そして本件不受理処分の原因は原告の住所の書き方にあった。したがって、届出が不受理になり、それ故に乙出願が拒絶されることがあれば、原告は第一工業に対し、損害賠償の責めに任じなければならず、その点からも原告には本件不受理処分の取消しを求める法律上の利益がある。

(五) 以上のとおり原告は本件不受理処分及び異議申立てに対する決定の取消しを求める法律上の利益を有するから、本件各訴えにつき原告適格がある。

2  訴えの利益について

前記五のとおり。

第三  被告の本案前の主張

一  原告適格の不存在

1  特許出願後の特許を受ける権利の承継は、相続その他の一般承継の場合を除いて、特許庁長官への届出が効力発生の要件とされており(特許法三四条四項)、その届出は、特許法施行規則様式第七に定める「特許出願人名義変更届」によりしなければならないとされている(同規則一二条、平成二年九月一二日通商産業省令四一号附則による改正前)ところ、右届出手続は、特許を受ける権利を譲り受けた者が単独で、承継人であることを証明する書面を添付して特許庁長官に届け出ることができるものであって、いわゆる双方申請主義が採られているわけではない。

また、右届出については、原因となる売買、贈与等による権利の譲り受け等があったときに、承継人に対し必ず特許庁長官に届け出なければならないというような義務が課せられているものではなく、その旨の届出をすることは承継人の任意の意思によるものである。

そして、右届出がなされた場合、特許庁長官は、これが適法になされたものであるかについて審査し、届出が適法になされたものと認めたときは、格別の措置をとらず、右届出は、特許庁に当該書類を提出したときに、届出の効力を生ずることとなる。

他方、右届出に重大な瑕疵又は方式上の不備があり、それが補正によって治癒され得ないような場合には、特許庁長官はその届出を却下する意味において不受理処分をし、当該書類を返却することができるものであるが、この不受理処分は当該届出の提出の効力をすべて否定する行政処分である。

そして、特許を受ける権利を有する者が自己の特許を受ける権利の持分を譲渡した場合も、承継人がその旨の届出をしたが当該届出が不受理処分とされたようなときには、特許を受ける権利の承継はその効力を生じないから、その持分は依然として譲渡人に帰属する。

2  そうすると、本件名義変更届は、特許を受ける権利の譲受人である第一工業が届出者としてすべき届出であって、原告は譲渡人に過ぎないから、被告がした本件不受理処分により、特許関係法規によって保護された権利ないし利益を害される立場にあるものではない。

なお、原告は本件不受理処分の名宛人となっているが、このような行政処分の名宛人の場合であっても、その取消訴訟の原告適格を有するというためには、処分の法的効果として自己の権利、利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれがあることを要するものである。

3  したがって原告は、本件不受理処分の名宛人ではあるが、本件不受理処分及び異議申立てに対する決定の各取消しを求めるについて、法律上の利益を有しないから、本件各訴えについて原告適格を欠く。

二  訴えの利益の不存在

1  原告及び第一工業の本件名義変更届は、不受理処分に付されたが、請求原因三のとおり再び提出した名義変更届が受理されたことにより、特許を受ける権利の承継はその効力を生じ、名義変更の届出の目的は達せられている。

即ち、再提出名義変更届は本件名義変更届と比較して特許を受ける権利の承継内容に何ら差異があるものではなく、特に再提出名義変更届が原告及び第一工業の意思に基づいてなされた実体関係を伴ったものであることに照らすと、仮に本件不受理処分を取り消したとしても、原告及び第一工業が現在得ている法律上の地位に何らの変動を及ぼすものではない。

2(一)  また、特許出願の実質的審査は、その特許出願についての出願審査の請求を待って行う(特許法四八条の二)ものであり、特許法所定の期間内に出願審査の請求がなかったときは、当該特許出願は取り下げたものとみなれさる(特許法四八条の三、一項及び四項)ところ、甲出願及び乙出願については、いずれも出願審査の請求がなされていないから、原告の主張するところの不利益な扱いは、将来の発生にかかる不確定な事実であるというべきである。

(二)  更に、特許法二九条の二は、後願の出願後に出願公告又は出願公開された先願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されている発明と同一発明についての後願は、(1)先願の発明者と後願の発明者が同一である場合、(2)後願の出願時において先願と後願の出願人が同一である場合、を除き、拒絶される旨規定している。

したがって、被告は、甲出願との関係において出願人が相違している乙出願が、右規定における例外の適用を受けずに拒絶される可能性があることを否定するものでない。

しかしながら、仮に乙出願が特許法二九条の二によって拒絶される可能性があるとしも、そのことによって本件不受理処分及び異議申立てに対する決定の取消しを求める訴えの利益を肯認することはできない。

即ち、まず、仮に原告の請求を認容する取消判決が確定したとすると、本件不受理処分は遡及的に失効し、関係行政庁は、判決の趣旨に従い、改めて申請に対する処分又は審査請求に対する裁決をしなければならないこととなる(行政事件訴訟法三三条二項)。その際、行政庁は、先に却下した際の理由が取消判決で否定された以上、この理由と同一の理由を用いて却下又は棄却することができないことは、取消判決の拘束力の趣旨から当然であるが、その点を除いて当該申請又は不服申立ての許否を再度検討することとなる。

ところで、本件においては、本件名義変更届に対し本件不受理処分がなされた後、再度同様の名義変更届が提出され、被告において受理されている。右再提出名義変更届は、本件名義変更届と比較して特許を受ける権利の承継内容に何ら差異があるものではなく、しかも、再提出名義変更届が原告及び第一工業の意思に基づいてなされた実体関係を伴ったものであることに照らすと、被告のした右受理処分(行政処分)は何らの瑕疵のない適法・有効な処分といわざるを得ない。

そうであるとすれば、右行政処分によって原告と第一工業間の特許を受ける権利の承継は有効に効力を生じているものというべきであり、被告は、再び本件名義変更届を受理するか否かの判断をするに際し、既になされた再提出名義変更届の受理処分の効力を無視することはできないから、改めて不受理ないしは棄却をせざるを得ないこととなる。

3  したがって、本件不受理処分等を取り消したところで、甲出願が乙出願に対する拒絶理由となる可能性を解消することはできないものであるから、原告は本件不受理処分及び異議申立てに対する決定の取消しを求める狭義の訴えの利益を有しないものというべきである。

第四  請求原因に対する認否

一  請求原因一ないし三は認める。

二  請求原因四、五は争う。

第五  証拠関係<省略>

理由

一本案前の申立について

1  (原告適格について)

(一) 特許法三四条四項の規定によれば、特許出願後における特許を受ける権利の承継は、相続その他の一般承継の場合を除き、特許庁長官に届け出なければ、その効力を生じないものとされているが、同法には、誰がその届出をすべきものかについての定めはなく、本件名義変更届がされた当時の平成二年九月一二日通商産業省令四一号附則による改正前の特許法施行規則一二条は、特許を受ける権利の承継についての届出は様式第七によるべき旨を定め、右様式第七には承継人が単独で届出人となり、譲渡証書等の承継人であることを証明する書面を添付書面として付する書式が示されていた(これらの点は右改正後の規定においても様式の番号が異なるだけで、変わりはない。)。

右のような諸規定によれば、本件名義変更届がされた当時も現在も、特許出願後の特許を受ける権利の特定承継についての届出手続きは、特許を受ける権利を譲り受けた者が単独で行うべきものであり、当該届出にかかる権利の譲渡が譲渡人の意思に基づくものであることは、承継人であることを証明する書面を添付させることにより確認するものとされていると解するのが相当である。このことは特許を受ける権利の持分の譲渡についても同じである。

そうしてみると、本件のように譲渡人である原告及び承継人である第一工業が、連名で特許を受ける権利の承継の届出手続きを行ったとしても、法令上意味があるのは承継人である第一工業の届出の部分であり、原告名義の記載は、特許を受ける権利の承継の届出としては無益のものである。

(二)  ところで、原告及び第一工業が、いずれも弁理士前田純博を代理人として本件名義変更届を提出していることは当事者間に争いがなく、<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、本件不受理処分通知書には、「特許出願人、代理人前田純博殿」と不受理処分の通知先が記載されていること、右通知は前田純博に対してのみなされたことが認められる。この記載によれば、本件不受理処分通知書は、特許出願人又は代理人である前田純博に宛てられたものであるというべきところ、前田純博は、代理人であり、特許出願人本人ではないから、代理人である同人に宛てて本件不受理処分は通知されたものというべきである。そして、原告及び第一工業がいずれも右前田を代理人として本件名義変更届をしたものであること及び弁論の全趣旨によれば、本件不受理処分は、特許を受ける権利の持分の譲渡人である原告と承継人である第一工業の両名の代理人としての弁理士前田純博に対してされたものであり、原告及び第一工業を名宛人とするものと認められる。

原告は、右の宛先の記載は、「特許出願人代理人」である前田になされたものであるから、特許出願人である原告のみが名宛人であるとするが、前述の「特許出願人、代理人」という記載は、原告主張のように「特許出願人代理人」という一連の記載と認めるべきではないから、原告の右主張は採用できない。

本件不受理処分が原告及び第一工業を名宛人とするものであることは、本件訴訟において被告自身が主張するところでもあるが、前記認定のとおり、原告と第一工業との連名でされた本件名義変更届のうち法令上意味があるのは第一工業の届出の部分であり、原告名義の届出部分は無益のものであったのだから、被告としては、不受理通知をするとしても、第一工業の代理人としての前田純博に対してのみ不受理通知をするか、原告に対する不受理の理由を、名義変更届をなすべき者でない、との趣旨にすれば足りるものであった。

(三) もっとも、特許法及びそれに基づく特許法施行規則の解釈としては、特許出願後の特許を受ける権利の特定承継の届出は、権利の承継人が単独で行うべきものであり、譲渡人と承継人の連名でされた届出において譲渡人名義の届出部分が無益なものであるからといって、譲渡人には右届出の不受理処分の取消訴訟の原告適格がないということはできない。

即ち、特許出願後における特許を受ける権利について権利者と譲受人との間に譲渡の合意が成立しても、特許庁長官に届け出て、不受理処分を受けることなく受理されなければ権利の承継の効果を生じないのであるから、届出に対し不受理処分がされれば、譲渡人も当該譲渡の合意によって負担した、特許を受ける権利を移転すべき義務を履行することができず、合意の目的を達成することができないという法律上の不利益、また、右譲渡によって形成されるべき新たな法律関係を実現できず、右譲渡が有償である場合にはその対価を得ることができないという法律上の不利益を受けるものである。したがって、特許を受ける権利の譲渡人は、その譲渡についての特許庁長官への届出に対する不受理処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するものである。

これを本件についてみると、原告は特許を受ける権利の二分の一を第一工業に譲渡し、その効力を生じさせるために承継人とともにその届出をしたところ、右譲渡についての被告への届出に対し不受理処分がされたものであり、本件不受理処分により、前記譲渡の合意による権利の一部移転の義務を履行できず、また、第一工業と前記特許を受ける権利を共有するという法律関係を形成できないという法律上の不利益を受けていることは明らかであるから、本件不受理処分の取消しを求める法律上の利益を有するものとして、原告適格を有すると認められる。

(四)  被告は、原告は本件不受理処分によって依然として特許を受ける権利の権利者であるから、特許関係法規によって保護された権利ないし利益を害される立場にあるものではなく、原告適格を欠くと主張するが、右(一)ないし(三)に判断したところにより採用できない。

2  (訴えの利益について)

(一) <書証番号略>によれば、乙出願に係る発明は、鈴木東義外二名が発明者であり、発明の名称を「ポリエステル組成物および繊維」とする、耐久性に優れた制電性、吸汗性、防汚性等の親水性を有する繊維、フィルム、シート等の成形物に容易になし得るポリエステル組成物及び繊維に関するもので、その特許請求の範囲第1項を別紙記載のとおりとするものであることが認められる。

これに対し、<書証番号略>によれば、甲出願の願書に最初に添付された明細書には、甲出願に係る発明は、鈴木東義が発明者であり、発明の名称を「ポリエステル組成物」とし、特許請求の範囲として、「(a)芳香族ポリエステル一〇〇重量部に(b)顕在又は潜在の水不溶性を有するポリオキシエチレングリコール系化合物0.2〜30重量部を配合してなるポリエステル組成物」との記載、発明の詳細な説明の欄に、同発明の目的は耐久性に優れた制電性、吸汗性、防汚性等の親水性を有する繊維、フィルム、シート等の成形物に容易になし得るポリエステル組成物を提供することにある旨の記載、このポリオキシエチレングリコール系化合物にあたるものを具体的に広範囲に示し、同発明のポリオキシエチレングリコールには乙出願に係る発明の条件を満たすポリオキシエチレン系ポリエーテルを包含するものであることを示しているとも解し得る記載のあることが認められる。

右認定の事実によれば、乙出願に係る発明は甲出願の願書に最初に添付した明細書に記載されているものという余地があり、また弁論の全趣旨によれば乙出願の後に甲出願が公開されたものと認められるから、本件不受理処分が取り消されずに甲出願が原告の単独出願のままに止まる場合には、原告と第一工業の共同出願に係る乙出願は、特許法二九条の二第一項の規定により特許出願を拒絶される可能性があり、また出願公告がされた場合に同条に該当することを理由とする異議申立てを受け、更に特許登録を得た場合にも同条に該当することを理由とする無効審判請求を受ける可能性がある。

これに対し、本件不受理処分が取り消された上、本件名義変更届が受理されれば、乙出願の当時、甲出願の出願人と乙出願の出願人とが同一の者であったことになるから、特許法二九条の二第一項但書により、同項本文は適用なく、原告は乙出願について前記のような法的不利益を免れることができる立場にある。そうしてみると、乙出願の後に、平成二年三月一五日付けでされた再提出名義変更届による譲渡の効力が生じていても原告は本件訴えにつき訴えの利益を有するものと認められる。

(二)  被告は、甲出願についても乙出願についても出願審査の請求がされていないから、原告の主張する不利益な扱いは、将来の発生にかかる不確定な事実である旨主張する。

しかし、弁論の全趣旨によれば、平成四年五月二〇日に甲出願及び乙出願に出願審査の請求がされていることが認められるから、右主張は前提を欠くものである。

また仮に出願審査請求がされていないとした場合、出願審査の請求がされない限り、乙出願の審査は行われず(特許法四八条の二)、特許法四八条の三所定の期間内に出願審査の請求がなかったときは特許出願は取り下げたものとみなされる(同法四八条の三)ことは被告主張のとおりである。

したがって、乙出願について出願審査の請求がされていないとすれば、右(一)に判断した同法二九条の二第一項により乙出願が拒絶される等の法的不利益を受ける可能性は直ちに問題となるものではないという意味では潜在的なものではあるが、法の定める期間内に出願審査の請求をすれば直ちに現実化するものであって、本件訴えの利益を認めるための事実として十分な程度には確定しているものと認められる。

また、被告は、仮に本件不受理処分が取り消されても、既に再提出名義変更届が受理されて特許を受ける権利の承継は効力を有しているから、本件名義変更届については、再度不受理処分をするか棄却処分をせざるを得ず、結局は、本件不受理処分を取り消しても、甲出願が乙出願に対する拒絶理由となる可能性を解消することはできない旨主張する。

しかし、本件名義変更届が受理されることは、再提出名義変更届により権利の承継の効力が生じたとされている時より前に権利の承継の効力を生じさせるものであり、再提出名義変更届が既に受理されていることが本件名義変更届を受理する支障となるものではなく、右主張は採用できない。

3  なお、本件不受理処分は、特許法一八四条の二所定の、当該処分についての異議申立てに対する決定を経た後でなければ取消しの訴えを提起できない処分であるところ、右の異議申立ては適法な異議申立てであることを要するものである。

本件異議申立て却下決定は、本件異議申立てを不適法として却下するものであるから、原告は本件不受理処分の取消しの訴えが、適法な異議申立てを経由し、かつ、出訴期間を遵守したものであることを明らかにするためにも本件異議申立て却下決定の取消しの訴えにつき訴えの利益を有するものである。

4  以上により、本件各訴えは適法であり、被告の本案前の主張は理由がない。

二不受理処分の取消請求の本案について

1 原告が、昭和六三年八月四日に昭和六三年特許願第一九三四八七号の特許出願(「甲出願」)をし、平成元年三月二九日、右出願に係る発明について特許を受ける権利の二分の一を第一工業に譲渡し、同年一一月九日、連名で、いずれも弁理士前田純博を代理人として、本件名義変更届を被告に対して提出したこと、被告は、平成二年二月二六日付けで、右特許出願人名義変更届に対し、補正命令を出すこともなく、「譲渡証書の譲渡人の住所が相違する。行政区画による表示変更であるならば『平年日〜表示変更』と記載すること」という理由を付して、不受理処分をしたこと、本件名義変更届に添付された譲渡証書には、譲渡人である原告の住所が、「大阪府大阪市中央区南本町一丁目六番七号」と記載されていたこと、この住所の表示は、右特許出願の際に記載された出願人の住所の表示とは違うものの、これは出願後住居表示の変更があったためであり、譲渡証書の作成日付けである平成元年三月二九日においては譲渡人である原告の正しい住所の表示であったことは、いずれも当事者間に争いがない(なお、右住居表示の変更とは、厳密に言えば、区については区の区域及び名称の変更、町名以下は住居表示の実施を指すものであろう。)。

また、<書証番号略>によれば、本件名義変更届には譲渡人として原告の住所、商号、代表者名が記載されているが、その住所としては前記のとおりの住所が記載され、その脇に「(住居表示による表示変更)」と表示され、特許出願の際の住所の表示と異なる理由が説明されていたことが認められる。

さらに、<書証番号略>によれば、本件不受理処分の後原告及び第一工業が平成二年三月一五日付けで再び提出し受理された名義変更届は、本件名義変更届と比べて、添付書類である譲渡証書中の譲渡人(原告)の住所の記載の上部に「平成1年2月13日行政区画による表示変更」との記載がある点が異なるのみであったことが認められる。

2 右認定の事実によれば、本件不受理処分の理由は、譲渡証書に記載された譲渡人(原告)の住所の表示が、特許出願の際の出願人の住所の表示と異なっており、かつ、その原因が譲渡証書に記載されていないことにあったものと認められる。

しかし、本件名義変更届においては、譲渡証書に右のような記載のないことは不受理処分の正当な理由とすることはできないものである。

即ち、譲渡証書に記載された譲渡人の住所の表示と特許出願人の住所の表示の不一致を問題とするのは、譲渡証書の作成者である譲渡人と特許出願人との同一性を確認するためであり、不一致の原因が住居表示の実施等による場合は、その原因を簡潔に記載させることによって右確認の資料とするものと解されるが、右住所の表示の不一致の原因の説明は譲渡証書自体の中に記載されている必要はなく、他の信用できる文書によって説明されていれば足りるものであり、本件の場合名義変更届本体中に譲渡人として原告の商号及び代表者名とその新住所表示が記載され、その脇に、「(住居表示による表示変更)」と表示され、特許出願の際の住所の表示と異なる理由が示されていたことは前記認定のとおりで、被告も右のような記載をもって原告を特許出願人と同一人と認識していたものと認められるから、本件名義変更届全体として見れば、譲渡証書の作成者である譲渡人と特許出願人との同一性の確認に支障はなかったものと認められる。したがって、本件不受理処分は理由のない違法な処分であったというほかはない。

また、たとえ前記のような譲渡証書の譲渡人の住所の表示をもって不備があるとの見解を前提としても、その不備は、事柄の性質上容易に補正できるものであることは明らかであるから、本件名義変更届の本質的要件を欠き、瑕疵が、補正によって治癒され得ない程に重大な瑕疵であるとは認められないから、被告としては、これについて不受理処分をするにあたっては、予め期間を定めて補正の機会を与える必要があったというべきである。そうすると、本件名義変更届に不備があるとする被告の見解を前提としても、右のような補正の機会を与えることなくなされた本件不受理処分は、違法なものであったというべきである。

3  よって、本件不受理処分は違法な処分として取消しを免れないものであるから、その取消しを求める原告の請求は理由がある。

三異議申立てに対する決定の取消請求の本案について

本件異議申立てが申立ての利益を欠く旨の被告の判断は誤りである。その理由は前記一2(訴えの利益について)において訴えの利益について判断したところと同じである。(但し、乙出願について出願審査の請求がされたとの点を除く。)。

よって、本件異議申立てに対する決定の取消しを求める原告の請求は理由がある。

四以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官西田美昭 裁判官宍戸充 裁判官櫻林正己)

別紙<省略>

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